昭和53年の神保町・本郷
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コロナ禍で写真を撮りに行けない状況が続いています。
そこで、昔の写真をデジタル化することを進めています。
「SLが走っていた頃」と交互で
「昭和の街角」シリーズを始めます。
まずは、昭和53年の神保町をお届けします。

店の入り口にはショーケース
最近、ショーケースを置く店は少なくなってきましたね。
店の入り口にはショーケース
最近、ショーケースを置く店は少なくなってきましたね。
日本一不味い焼き鳥ですか
この店、記憶ないな。
昭和54年から56年にかけて、神保町へ通っていたのですが・・・
ここから先は、本郷編です。
同じく、昭和53年の撮影です。
板張りの家が、懐かしいですね。
鉢植えに、バケツ
生活感がぷんぷん匂ってきますね。
日照権の問題ですね。
この数年後には、東京に地上げ屋ラッシュがおこってきます。
日傘をさす光景は今でも見ますが
右側の自動車が時代を物語っていますね。
これは、後々にも見つけた
3軒長屋が並ぶ一角
洗濯物の花が咲いています。
路地が狭いですよね。
本郷は、今よりも緑が多かったようですね。
子供たちが自転車に乗る路地。
右側の塀には、布団が干されています。
植木鉢だらけです。
植木鉢、如雨露そしてごみ箱
右側の車には、何かを積み込んでいるのでしょうか?
生活感が漂う路地です。
昭和の街角-2に続く
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この記事へのコメント
johncomeback
<古本>と<カレー>のイメージです。
ken
JUNKO
pn
Cedar
kuwachan
リュカ
本郷は15年くらい働いた場所なのですが、今と全然違う〜!(笑)
きよたん
そうでもなかったんですね
gardenwalker
昭和53年の記憶って自分の中ではもっと新しいイメージなんですが思い切り隔世感がありますね
天ぷら屋さんはいもやさんでしょうか
八犬伝
確かに、それはありますね。
私は、3・4年時に通っていました。
わが青春の街です。
TO:kenさん
今より、もっと人が近かったような気がします。
TO:JUNKOさん
はい
こうして見ると
あの頃が、実に良い頃だったなと思います。
八犬伝
確かに
息が長いですね。
TO:Cedarさん
そうでしたか
この頃の光景、とても懐かしいですよね。
TO:kuwachanさん
はい、とても多かったです。
私の家も、板張りの家でしたよ。
八犬伝
そうなんですよ。
さすがに、今は路地裏光景はなくなってしまいましたね。
TO:きよたんさん
昭和60年過ぎに
東京では、地上げ屋騒動がおこり
街が、すっかり変わってしまったのですよ。
TO:gardenwalkerさん
そうですね
今や昔という趣ですね。
この天ぷら屋は、「いもや」じゃないのです。
その後、この写真の天ぷら屋は記憶がないのです。
ゆうみ
昔はこういう雰囲気だったんだ。
板塀がとても好き 私木が好きで 板塀 木造の家を見ると
胸がキュンキュンしちゃうの。
この本郷の下町的雰囲気 愛したい風景です。
ぼんぼちぼちぼち
八犬伝
そうでしたか
残念ながら、本郷で木造の家はほとんどなくなってしまいました。
TO:ぼんぼちぼちぼちさん
そうなんです
あれもこれも
昭和しています。
hana2021
青い森のヨッチン
モノクロ写真を通してみると一層時代がかって見えますけど自分の記憶の中ではちゃんとカラー映像に脳内変換されてみえます。
川崎の下町もこんな感じの路地があったけど必ずあるのが町工場でした。通りに面した開けっ放しのドアからボール旋盤が忙しく動いていましたっけ・・
八犬伝
昔は、あちこちで見る事が出来た光景
もう、見る事が出来なくなりましたね。
TO:青い森のヨッチンさん
なるほど
川崎かあ
町工場の音も鮮明に記憶されているのでしょうね。
kazg
神保町には、学生時代(70年代の初め頃)、(父母が船橋とか津田沼とかに住んでいた時期がありましたので、長期休暇で「帰省」したときなど、退屈しのぎに古本を漁りに歩いた記憶があります。そしてまた、80年代の半ば頃、仕事の都合で、営団地下鉄「竹橋」駅や都営地下鉄「神保町」駅などはよく利用もし、その界隈はよく歩きましたから、懐かしいです。
でも、お写真の風景は、その記憶の中の映像よりもさらに古い時代のようにノスタルジックです。
八犬伝
そうでしたか
今こうして見ると
確かに、自分たちが思っていたイメージよりも
古く感じますよね。
それは、きっと目を凝らしてみると
あまりにも、懐かしいものが並んでいるからかもしれませんね。